希願花 (きがんか)ビーズ物語

海外で悠久の歴史と根強い人気のビーズ織の魅力の虜となった私が、自身の作品を主に紹介してまいります。

8月分が欠損していた本当の理由がわかりました!

<自分の趣味が、推理小説を読むことでよかった>

われながら、名探偵というか、名推理が続いているとおもいます。

続いているって、ブログには書いていないので、その経緯を書かないと、みなさんには、わからないな。

自分が、わたしって、なんて、名探偵なんでしょうと思ったのは。。。。

例のねつ造された相談記録なんですが。。。

9月6日の家庭訪問の分を、もちろん、ほぼ9割ねつ造なんですけどね、あれを自然に、先入観ゼロで読んでみたら、嘘のシナリオが、全部、丸見えだったんです。



最初に、私が、注目したのは、何の解説もなく、突然、書き出された『娘の訴え』でした。
当然、なぜ、何を目的に、語り出したのかを理解しようと思いました。

すると、訴えの中に、『まるで、生き地獄である』と訴えている箇所を見つけました。
でも、訴えの中には、さほど、辛い事情は書かれていません。ということは、それが、省略されているのだろう
と思いました。

というと、かなり長く、娘は、包括に父親のことを訴えているのです。それも、地獄の苦しみであるとまで、訴えているのです。かなり必死にうったえているのではないかと思いました。

どうして?なぜ?そうしなければならなかったのか?

すると、娘の訴えの中に、『認知症でないならば、人格障害の診断名をつけてほしい』と書かれています。
こんな奇想天外なことを言う人がいるとは信じがたいのですが、つまり、娘は、包括に、『認知症ではない』と言われたために、必死に父親の症状を訴えているのではないかと推測しました。

包括が認知症ではないと言っているらしいので、包括が行った長谷川式認知症テストの結果を検証してみました。30点満点中22点です。これは、確かに認知症ではありません。全く、何の心配もありません。

しかし!

父親は、テストが終わると、包括に、『仕事を引退しなければならないほどの、重い物忘れがある』と語っており、
それに対して、包括も、『悪化させないためにも、病院を受診するようであれば、相談に乗る』と言っています。

変ですね。

認知症テストは、22点で、認知症の心配は、全くありません。なぜ、父親の物忘れの自覚が、そんなに重いのでしょうか?そして、包括も、悪化させないためにも、病院へ行くようならば、受診の相談に乗る』とまで、言っています。

どうも、話の流れが、見えてきません。

それでは、テスト結果の検証をしてみましょう。22点、覚えて答える問題は、ヒントを与えても答えが出てこなかったと書かれています。

益々変ですね。

認知症テストは、ほとんどが、覚えて答える問題です。そして、ヒントを与えて答える問題は、最後の1問です。
それらが、できなかったということならば、テストの結果は、22点にはなりません。ちなみに、テストの判定は、21点以上は、認知症ではないということです。

包括のテスト結果の解説によれば、覚えて答える問題は、ヒントをあたえても答えが出てこなかったので、その通りに計算すれば、9点です。確かに、これならば、かなり症状は重いはずです。父親が、物忘れがひどいという自覚があるのもわかります。

つまり、娘は、父親のテスト結果が9点だったのにも、かかわらず、『認知症ではない』と言われたために、必死に訴えていたのではないかと思われるのです。

そして、包括がチェックした汚部屋の記載ですが、汚部屋の様子がわかることは何も書かれていません。
ただ、汚部屋のような印象はないとだけ書かれています。

あくまで、想像ですが、テスト結果が9点にもかかわらず、『認知症ではない』『汚部屋でもない』と言われたために、必死に訴えていたのかもしれません。

さらに、読み進めていくと、最後の行に、包括のコメントが、『われわれとしては、父親と面談して、本人と話すことくらいしかできることがない』と書かれています。

ちょっと、混乱するのですが、包括は、『悪化しないためにも、病院に行くようなら、受診の相談をする』と、100点満点の対応をしています。これなら、娘は、なにも、必死に訴える必要はないはずなんです。

どうして、娘は、必死に訴えていたのでしょうか?

そして、どうして、急に、包括は、『我々にできることはない。面談して、当人と話をするくらいしかできない』と言い出したんでしょうか?受診の相談に乗る話は、どこへ行ったのでしょうか???

さっぱり、わけがわかりません。

恐らく、最後のコメントが、この記載の中では、事実なのではないのかと思います。

娘が、必死に訴えていたのは、テストで9点だったにもかかわらず、『汚部屋ではない』『認知症ではない』『受診の相談には乗らない』と言われたためなのではないかと、推論できます。

そして、この推論が事実であれば、当然、娘は、諦めるはずがなく、再対応などを求めてくることが予想されるのですが、まさしく、この後、娘は、つぎつぎと、相談し、包括に対応してもらいたいと、奮闘しております。


というように、推理できたのです。

やれ、やれ、よかった。